ドキワクな毎日ブログ

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~ヴィクトール・フランクル[夜と霧]体験していないことへの理解求む! ~

f:id:dokiwaku_everyday:20210729174959j:plain 今回ご紹介するのは、ヴィクトール・フランクル[夜と霧]です。

著者のフランクルは、「ロゴセラピー」という心理療法を考案した心理学者・精神科医として有名です。そんな彼は、強制収容所での生活体験があり、それを元に学者と被収容者という2つの立場から、被収容者の心理にフォーカスして[夜と霧]を書いています。

本書は、2つのタイプの人に向けて書かれた書籍です。

  1. 学術面での貢献
  2. 体験しなかった人の理解

よって、本書をおすすめする人は
[夜と霧]を読まれていない方は、全対象です。(笑)

絶望的な環境の中で被収容者たちが

  • どんな苦悩を抱え
  • どんな風に希望を持ち生きていたのか

といった心理面にフォーカスして書かれているので、悩みを抱えている方・希望が持てずにいる方にとって、生きる為のヒントになるのではないでしょうか。

そして、強制収容所生活に終止符が打たれた時、わずかな人たちは生き残り解放されました。

しかし、彼らにとって外の世界は、元通りの幸せな世界ではありませんでした。

なぜなら、強制収容所という絶望的な生活を体験をした人・体験をしなかった人という、2つに分断された世界だったからです。

この2つに分断された世界で、新たな人生を切り開くためにフランクルは本書を通じ、体験をしなかった人たちに向けて、彼らが味わった苦悩への理解を求めたのです。

そんな[夜と霧]を分かりやすく解説してくれているのは、YouTubeアバタローチャンネルです。解説動画を紹介すると共に、聴覚障害を持たれている方にもご覧いただけるよう字幕を付けましたので、字幕付き動画を紹介致します。是非ご利用ください。

更に、本の紹介を兼ね[夜と霧]をまとめ、感想をアウトプットしています。

ブログ内容3点

  • 本の解説動画の紹介
  • 字幕付動画の紹介
  • 本を読んだ感想

YouTubeアバタローチャンネルをご存じない方は、こちらの記事からご覧ください。👇

www.dokiwaku-everyday.com

◆ 目次 ◆

🌙[夜と霧]解説動画の紹介

解説動画のザックリとした流れは、以下の通りです。

一見、素敵なタイトルに感じられる[夜と霧]ですが、そのタイトルの意味を知ると、また違った感情が生まれて来るのではないでしょうか。

解説動画の冒頭で、本書のタイトルについて解説しています。


www.youtube.com

🌙[夜と霧]字幕付き動画の紹介

聴覚に障害を持たれている方や、字幕付きで解説動画を閲覧されたい方には、海外の字幕専用サイト『Amara』の字幕付動画のURLを紹介します。

YouTubeの字幕エディタが復活するまでは、『Amara』のサイトを利用して字幕を付けていますのでご利用ください。閲覧の際は、ログイン不要です。

ただ、大変申し訳ないのですが、スマホiPhoneで閲覧してみたところ字幕が表示されませんでした。

PCからご利用ください。

amara.org

👨🏻 フランクルの収容所生活(2年と7ヶ月)

著者であるヴィクトール・フランクルは、オーストリアに住むユダヤ系の心理学者であり・精神科医でした。

ユダヤ人だった彼は、1942年9月にナチスから軍司令部へ出頭命令が下ると、結婚して間もない奥さん(当時21歳)と両親、兄弟と一緒に連行され、2年7カ月の間強制収容所生活を余儀なくされた人物のひとりです。

ナチスによって連行されたフランクルは、家族と共に何処に連れていかれるのか知らされないまま、①テレージエンシュタット強制収容所へ移送されました。

ここで彼は、医師として家族と一緒に2年程過ごしていたのですが、その間に高齢だった父親は極度の栄養失調で亡くなってしまいます。

フランクルの奥さんは、軍需工場で働かされていましたが、フランクルが東へ移送されることが決まった際、彼女はフランクルに着いて行くことを決意し「移送願い」を出しました。

それによって、2人は一緒にアウシュヴィッツへ移送されますが、到着後直ぐに性別で分けられ、バラバラになってしまったのです。

奥さんと別れたフランクルは「命の選別」が行われ、強制労働者として働かされることが決まります。

そして彼は、アウシュヴィッツの第2収容所(ビルケナウ)に収容されますが、ここでの滞在期間は4日でした。

その後、ダッハウ強制収容所 ③カウフェリング第3支所に移送されると、ほとんどの期間ここで土木作業員・鉄道建設現場の重労働者として働いていたのです。終わりの見えない収容所生活の中で、フランクルは2度…脱走計画を立てます。

しかし結局、踏みとどまることとなり1945年4月の終戦に至って、ようやく収容所生活から解放されることとなったのです。

最後にフランクルが収容されていた場所は、 ④カウフェリング第6支所(テュルクハイム)です。ここは収容所内で流行った発疹チフス患者が収容されていた場所で、所謂「病人収容所」と呼ばれていた場所でした。

ロゴセラピーが立証されたのは

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心理学者で精神科医だったフランクルは、「ロゴセラピー」と呼ばれる心理療法を考案した人物だということは冒頭でお伝えしました。

「ロゴ」の意味は、ギリシア語で「意味」 に当たり、人は「生きる意味」を見失った時に、心の病・精神的な障害が現れるという考えの元、考案された療法です。

要は、「生きる意味」を失ってしまった人にもう一度、「生きる意味」を見出すための援助をする心理療法のことを言います。

この「ロゴセラピー」が考案されたタイミングがいつかというと、実はフランクル強制収容所生活を送ることになった時には、既に考えはまとめられていたのです。

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・・・ということは???

フランクル自身、絶望的な収容所生活を体験する中で、自身によるロゴセラピーによって生かされ、解放される日まで耐え忍んでいたことが分かるのではないでしょうか。

この収容所での体験自体が、彼の考えた「ロゴセラピー」を立証するものとなったのです。心理学者であり、精神科医だったフランクルが、人世のために自らの体験を記して貢献した書籍が[夜と霧]という訳です。

🌙[夜と霧]を読んで

冒頭にも書きましたが、フランクル強制収容所という絶望的な体験をしなかった人たちに、被収容者の苦悩への理解を求めて本書を書いています。

それは何故か!
生き残った被収容者たちがいたからです。
フランクルもわずかに生き残った被収容者の1人でした。

想像してみてください。
ある日突然、降りかかって来た人種差別による連行。
そして、強制収容所では「命の選択」と「強制労働」。

更に、幸せに過ごしていた家族とバラバラにされた挙句、生きているのかどうかさえ知らずに過ごす日々。

絶望的な環境の中でそれでも強く生きる為に、希望として描き続けた「幸せな生活」。それは、愛する人たちがこの世界の何処かにいることが前提でした。

しかし現実は、「運命に弄ばれた」という軽い表現では語れないほど、残酷なものでした。絶望の中で見た「光」は、穏やかな陽の光に包まれた世界の中には、現れなかったのです。

本書では、被収容者の心の反応を3段階に分けて書いています。

  1. 施設へ収容される段階
  2. 収容所生活の中
  3. 解放・開放後の段階

妄想族による収容所体験

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妄想族の私が[夜と霧]を読む時何をするかというと、自分の頭の中に強制収容所の生活を映し出し、脳内体験することです。

そうすることで、被収容者たちと近い感情が得られます。
ただ、フランクルが言うように確かに地獄絵図として描かれていない[夜と霧]ですが、それでも普通の生活と比べると遥かにかけ離れた世界がそこにありました。

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はぁ~、読書がこんなに体力消耗するなんて・・・

(痩せなかったけど・・・)

実際に私が体験したら、真っ先に「命の選別」でふるいに落とされ、あの世行きは間違いないのですが、ここは妄想の世界。しぶとく生きて、どっぶり収容所生活を覗いてみました。

すると、最終的に何が起こるかと言えば、妄想の世界で私は、フランクルの仲間になっていました。 (妄想族の特権!)

【1】施設へ収容される段階

f:id:dokiwaku_everyday:20210802200520j:plain 収容所内でフランクルは、一般の被収容者と同じように名前で呼ばれることもなく、医師として扱われることもなく、11904という管理番号によって識別されていました。

この管理番号の利点と言えば、移送される際に入れ替わりが可能だという点です。収容所での管理は、全てが名前ではなく番号で管理されていたので、移送リストに載った番号と人数さえ合えば問題はなかったのです。

ただ、誰もが愛する家族と親しい友人を守ろうとして、諍いが絶えなかったことは言うまでもありません。

アウシュヴィッツ「命の選別」

1944年10月フランクルと奥さんは、アウシュヴィッツへ移送されました。

そこでは移送された被収容者は皆、恩赦妄想に捉われたと言います。

恩赦妄想とは、死刑を宣告された囚人が死刑の直前に「自分は恩赦される」と空想し始めることを言い、被収容者たちも同じように、「何も悪いことは起きやしない」と思っていたのです。

駅に着くとフランクルと奥さんは、貨物車の中に手荷物を置いたまま降ろされ、直ぐに性別で分けられバラバラになってしまいました。

そして、これが2人の別れの場面となってしまった訳です。

奥さんと別れたフランクルを待っていたのは、エレガントな将校の指先による「命の選別」でした。

右:強制労働者  ➡ 風呂場 
左:労働不適合者 ➡ ガス室・焼却炉送り

ここに移送されて来るおよそ9割の人たちが、ガス室・焼却炉へ送られていたのです。

フランクルの番が来た時、将校の指が【右】を指し、彼は風呂場へ連れていかれ、全身の毛を剃られると裸の存在になってしまいました。

この時、フランクルはまだ知りませんでした。
将校の指先の動きが意味するものが何だったのかを・・・

そして、テレ―ジェンシュタットに残して来たフランクルの母親も、アウシュヴィッツへ移送されると、直ぐにガス室へ送らていたのです。

【第1段階】収容ショック

被収容者たちは、人間としての扱いはされず、生活環境も酷いものでした。収容場所は常に狭い空間に定員オーバーの人数が入れられ、皆がみな座ることさえできない状態だったのです。

【食事】

食事と言えば、4日に一度出される一切のパン(約150g)と、日に一度出される水のようなスープだけでした。

【住居】

疲れた体を心地よく休める場所もなく、夜になれば狭いベッドでボロボロの毛布1枚を8人で使い、寝返りどころか、大の字で寝ることすらできない状態でした。(横向きの状態で朝まで寝ていた)

更に不衛生な環境はシラミを発生させ、彼らの睡眠は常に妨害されていたのです。

【収容所内の社会構造】

収容所内の社会構成は、ナチスの親衛隊と被収容者だけではありませんでした。

被収容者の中から優秀な人は「エリート」として、残虐な性格を持つ者は「カポー」として、それぞれ親衛隊(SS)に協力することで圧遇が許されていたのです。

もし、協力を拒めば直ぐに解任され、一般の被収容者たちと同じように粗末な酷い食事と強制労働が強いられ、挙句の果てにはガス室送りになることを考えれば、生きる為にいやいや協力せざる負えない人たちもいたようです。

そうは言っても、サディスティックな性格を持つカポーたちの多くは、保身の為に親衛隊に協力し、親衛隊以上に被収容者たちを殴る・蹴るといった行為を日常で行っていました。

当然、死と隣り合わせの日々の中、周りで人がバタバタと死んでいくのを見ていれば、絶望感に苛まれ自ら死を求める人が出てもおかしくないのではないでしょうか。

彼らは自殺によって、自由を得ようとしたのです。
自殺の方法は、ただ・・・高圧電力が流れる鉄条網に向かって走るだけ・・・。

これが、収容ショックの【第一段階】です。

【2】収容所生活の中で・・・

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飢餓状態が長く続く中、日常でストレスMAXの被収容者の精神生活全般が幼稚なレベルに落ち込んでしまうことを、収容所では「人間の退化」と呼んでいました。

どういうことかというと、一番分かりやすい例として挙げられたのが、彼らが見る夢です。どんな夢かと言うと、🍞🥐🌭パンや🎂🍰🧁ケーキ🚬たばこ🛀🏻気持ちのいいお風呂といった夢を見ることだったそうです。

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んん・・・夢というより、願望ですよね

また、大勢で作業場にいる時、監視員の目が緩んだ隙に行われるトークテーマは決まって「食べ物談義」だったそうで・・・

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これは、女性にとって通常のトークテーマなんですけどねっ

飢餓状態が続いていた彼らにとって、食べ物自体が夢であり、トークテーマになることは、想像できますよね。

体が食べ物を・・・栄養を要求していたのだから・・・。
脳から指令が出るのは、当然自然の摂理です。

一般的によく言われる事のひとつとして、空腹時に食品売り場に行ってはダメ・・・って言いますよね。脳が余計な物まで買わせるから・・・。(笑)
【第2段階】収容ショック

そんな被収容者たちの日常が、睡眠不足と栄養失調
強制労働と暴力という、何重にも重ねられた終わりなき「苦」によって、心は次第に崩壊して行ったと言います。

最初、誰かが殴られ蹴られる姿を見ると目を逸らしていた人たちも、それが日常で行われ、目にする機会が増えれば増えるほど、数日・・・数週間もすると感情が消滅し、無感動・無関心・無感覚になっていったそうです。

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これは被収容者にとって
なくてはならない「心の盾」」だった

と、フランクルは言います。
これが【収容ショックの第2段階】です。

人が人として到達できるもの

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こうした長引く収容所生活の中で、精神も体力もギリギリの状態だったフランクルを支えたものは、生きているかどうかさえ分からない、愛する奥さんの面影でした。

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私は妻と語っているような気がした。
妻が答えるのが聞こえ、微笑むのが見えた。
眼差しで促し、励ますのが見えた。
妻がここにいようがいまいが、その微笑みは
たった今昇って来た太陽よりも明るく私を照らした。

愛する人の面影に救われ、語らい合うことで、フランクルは過酷な収容所生活を生きながらえていたのです。

そして、彼が気付いたことは・・・
愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ

ということです。この耐え難い環境の中でも、心の内に秘めた愛する人の眼差しや、愛する人の面影を精神力で呼び出すことによって、満たされることが分かったのです。

収容所監視者の心理と2種類の人間

フランクルは本書で、主に被収容者の心理について語っているのですが、最後に、収容所監視者の心理がどういうものだったかについても分析しています。

同じ被収容者でありながら
なぜ血の通った人間が同じ人間に対して、様々な残酷な行為が出来たのか

これは誰もが感じる問題だと思います。
それに対し、フランクルは2つのことを指摘していました。

  • 監視兵の中に、臨床的な意味での強度のサディストがいた
  • 選り抜きの監視兵を編成する際、サディストが求められた

そして、この監視者の心理は、収容所内で毎日繰り広げられていた、様々な嗜虐行為を長い年月見慣れてしまっていたことが挙げられます。

要するに、人はどんな環境にも順応できる生き物だとすれば、嗜虐行為に対しても同じで、最初は非日常的に感じられていたことでも、日々繰り返し行われそれを見慣れてしまえば、非日常が日常になり得るということです。

また反対に、サディスティックな監視者の多い中にも役割から脱し、人間らしい善意をもって被収容者に接していた人もいたと言います。

このことからフランクル

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この世にはふたつの人間の種族しかいない

ということを学んだと言います。

そして、この2つの種族は、どんな集団にも紛れ込んでいるため「純血」の集団はない、と言います。

【3】収容所からの解放

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終戦を迎えた1945年4月
ようやく絶望的な強制収容所での生活に終止符が打たれました。

フラフラとした足取りで白旗がたなびくゲートに近づいた被収容者たちは、半信半疑な面持ちでそのゲートを潜り、外の世界へ一歩足を踏み出したのです。

頭の中では幾度と「自由になったんだ!」と呟いてみても、感情はまだ現実に付いてこれず、放心状態に近い彼らの心情は、手に取るように分かるのではないでしょうか。

その日の夜、彼らは元の剥き出しの土間の居住棟に戻って来て仲間の一人が訪ねます。

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今日は嬉しかったか?

現実をまだ受け入れられない、彼の気持ちがよく現れている言葉ではないでしょうか。
そして、誰もが同じように感じていたのです。

これは所謂、心理学用語で言う強度の離人症で、神経症統合失調症などに現れる異常心理のひとつだと言います。

自分自身の思考や行動・身体が外界に対して現実感を失い、疎外感を抱いたりする意識体験の事を言うのだそうです。

ただ、私も自分の身を被収容者に置き替えて考えてみると、終戦したからと言って、それまであった絶望の極致から天変地異のように世界が逆転することは、余りにも心のショックが大きすぎると感じました。

心の機能を鈍いくらいに緩やかに反応させることは、ある種心の防御本能のように感じられました。

新たな人生のスタート

解放から数日が過ぎ、更に数日経った頃。
やっと氷漬けだった心は陽のぬくもりを感じ、雪解けの水となり、流れ始めたのです。

そして、心の氷が溶け始め流れ出すと、今度は今まで塞き止められていた思いが一気に爆発し、溢れ出してきたことは想像できますよね。

心が現実を受け入れられた瞬間がその人にとって、新しい人生のスタートラインとなったのです。

【第3段階】収容ショック

強制収容所での生活が絶望のどん底にあった被収容者にとって、その生活から解放され自由になれば、「元通りの幸せな生活に戻れる」と思っていたことは、言うまでもありません。

しかし、生き延びて戻った世界は、夢にまで見た世界と大きく違っていました。

ナチスに連行される前には確かにあった「幸せ」が、戻って来た世界には綺麗に跡形もなく消えてなくなっていたからです。

フランクルの場合で言うと、両親も兄弟も戻って来ませんでした。

そして、愛する奥さんとの再会をずっと夢に描いていたフランクルですが、運命に弄ばれたかのように、ギリギリのところで叶えることができませんでした。

なぜなら、フランクルの奥さんは収容所でチフスに罹り、解放された翌月に亡くなっていたからです。

余りにも残酷すぎて、悲しすぎる~
( ノД`)シクシク💦💦💦

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自分を待つ者は誰もいない。
愛する人は、もういない。

我が家に戻って呼び鈴を鳴らしても、 ドアを開けてくれるはずの人は開けてくれなかったのです。

その失意は、計り知れないものだったのではないでしょうか。

更に、その悲しみに暮れるフランクルに対し、戻って来た世界の住人たちは、肩をすくめたり、その場限りの言葉やいい加減な言葉を返すだけだったのです。

余りにも大きな犠牲を払った人に対し、そういう態度を取るのはいかがなものでしょうか。彼の不満が募ってもおかしくありません。

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一体何のために自分はあのすべてを耐え忍んだのだ。

という、懐疑心に悩まされたと言います。
この時のフランクルの気持ちは、きっと地球を一周しても埋まらない心の距離感を感じたのではないでしょうか。

そんな分断された世界で、被収容者たちが新たな気持ちで、明るい人生を切り開くためには、強制収容所を体験していない人たちの理解が必要だとフランクルは感じ、執筆活動や講演活動を行ったのです。

体験していないことへの理解求む!

この体験した人、体験しなかった人の心の距離感は、時代に関係なく身近にある問題のようにも感じます。時代が進んで生活自体は昔に比べて便利になりましたが、それと同時に昔あったような近所づきあいが減り、人情が減って現代社会はどんどん生きづらさが強調されてきているように感じます。

その”生きづらさ”の背景にあるのは

  • 体験していない人の想像力の乏しさ
  • 理解しようとする努力の欠如

から来ているように思うのです。

その生きづらさを理解しようとせず、生きづらい世の中のままにしていると、いずれ自分の身にもその生きづらさが降り掛かって来ることになります。

なぜなら、人生は順風満帆だけで終わらないからです。山あり谷ありなのが人生です。

生きづらさのない世界にする為には何が必要かと言えば

  • 生きづらさを抱えている人に寄り添う気持ち
  • 手を差し伸べる優しさ
  • 理解しようとする努力

ではないでしょうか。

そして、何に困っているのかを知ることで問題解決を図り、生きづらさを解消する!
他人同士では100%分かり合うことができないという前提の下で、それでも分かり合おうと努力することが必要だと思っています。

AIにはない人間の良いところは、ハートがあるところです。
そのハートをおざなりにしていれば、最早AIには勝てません。
人間の持つハートの部分で努力すれば勝てるのではないでしょうか。

あれ?話が最後になって大幅にズレてしまいましたが、強制まとめます!

🌙[夜と霧]まとめ

f:id:dokiwaku_everyday:20210802201857j:plain 本書の最後に書かれていたフランクルの言葉。

故郷に戻った人々の全ての経験は、あれほど苦悩した後では、最早この世には神よりほかに恐れる者はないという、高い代償であがなった感慨によって完成するのだ。

このフランクルの言葉に胸が詰まりそうになりながら、フランクルが好きだった音楽を見つけてググってみました。グスタフ・マーラーの「大地の歌です。最後に紹介して、終わりたいと思います。

これはドイツ語オペラに、日本語訳がされているのですが、その歌詞の中に見つけた言葉
「生は闇だが、死もまた闇だ!」

この「大地の歌」を聞きながら、感慨に耽っているフランクルの姿が脳裏にチラついてきました。きっと彼の心に共鳴する何かがあったのではないでしょうか。

フランクルが何を思い、何処に思いを馳せながら、どんな気持ちで聴いていたのか。 最後の妄想timeとして、私も一緒に聴いてみました。

www.youtube.com

[夜と霧]是非手に取って読んでみてください。
長文になりましたが最後までお付きあい、ありがとうございました。

次回の予告は・・・
ニーチェの「ツァラトゥストラです。

はて?🙄 書けるかな? こうご期待!

YouTube動画】


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【AmaraURL】
amara.org

【本】