ドキワクな毎日ブログ

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『ドキワクな毎日』~ [ミケランジェロの生涯]ロマン・ロラン著紹介 ~

f:id:dokiwaku_everyday:20210602200307j:plain 今回は予告通り、ロマン・ロランの[ミケランジェロの生涯]をご紹介します。
こちらの本も、書評YouTuber アバタローさんのおすすめの1冊です。

この記事では、解説動画アバタローチャンネルを紹介すると共に、日本語字幕付きの動画も紹介しています。

アバタローチャンネルをご存じない方は、まずこちらの記事からご覧ください。
www.dokiwaku-everyday.com

『神の如き』と称えられた天才ミケランジェロが、どんな人物で、どんな人生を送っていたのか。

また、著者であるロマン・ロランの考えにも触れてみたくて、私も本を手に取ってみました。本の感想と共にOUTPUTして行きます。

 本書をおすすめする人 

  • クリエイティブな仕事をされている方
  • 繊細なガラスのハートの持ち主
  • 働き過ぎて疲れている方
  • 孤独感を感じている方
  • 自己肯定感が低い方

◆ 目次 ◆

ミケランジェロの生涯]アバタローチャンネル

まずは、分かりやすく解説をしてくれている書評YouTuber アバタローさんの動画からどうぞ。👇👇


www.youtube.com

ミケランジェロの生涯]の解説時間は30分です。夜のホッとする時間や、休日のひと時にご視聴されてみてはいかがでしょうか。

本書の主要な部分をポイントを搾って、分かりやすく丁寧に解説してくれているので、動画を聴いた後に本を手にして読むと、自然の流れによって、スーッと[ミケランジェロの生涯]に入って行きやすくなります。

ミケランジェロの生涯]字幕付き動画

amara.org

字幕付きで解説動画を閲覧されたい方は、『Amara』のサイトをご利用ください。ログイン不要で閲覧可能です。

ただ、残念なことにスマホiPhoneでは、字幕付き動画の閲覧ができません。大変申し訳なく思っております。🙇‍♀️ ペコリ

STAY HOMEのお楽しみとして、ご活用いただければ幸いです。

お知らせください

字幕は何度もチェックしておりますが、閲覧中に違和感等感じられましたら、コメント欄からご報告いただけると助かります。 その際、お知らせいただきたいことは、以下の3点です。

お知らせ項目3点

  • タイトル
  • 違和感のあった箇所(時間)
  • 違和感のあったワード・文

老眼( 一一)の目を持つ私は、幾度と目を細めながら(寝てる?)チェックはしておりますが、見逃しているかもしれません。

私一人の力では未完の状態が続くので、是非…皆さまのお力をお借りしまして、より良いものに変えて行けたらと思います。

合言葉『みんなで未完を完璧に…』
よろしくお願い致します。🙏

ミケランジェロの生涯]

ミケランジェロの生涯 (岩波文庫 赤 556-3)

初めて手にした本を開く時、皆さんはどんな気持ちで開いていますか?何処か・・・未開の地に行くような、ミニ大陸発見しに行くかのような、そんな心境ではないでしょうか。

自分にとって興味の持てる内容なのか、面白い本なのか、著者の言葉を理解できるのか。いつもながら、ドキドキしながら本を開いた私です。

まずは、パラパラと全体を眺めて見ると、全頁214ページだったのですが、本文は135ページまでで、残り79ページは注釈文になっていました。

本を読む前の心の準備運動

本書の表紙を捲ると最初に目にするのは、ヴェッキオ宮殿に所蔵されている『勝利』の彫刻です。最初の数ページには、ミケランジェロの作品が数点掲載されていました。

作品の間を何度も往復しては眺め、本書を読む前の心の準備運動から入った私。9点の写真だけでは物足りず、更にネットで他の作品を検索してみれば、いつしか心の準備も整ったようで、私の指先は自然とページを捲っていったのです。

私が初めてルネサンスの絵を見たのは・・・小学生の頃です。
親の本棚をこっそり覗くと、そこには美術本のコレクションがありました。
子どもながら異国の絵の雰囲気に魅了され、夢中になって見たことがあります。その時目にした絵の中には、ボッティッチェリの『プリマヴェーラ』があったことを思い出しました。
友達が家に遊びに来た時、自慢気に外に持ち出して一緒に眺めていたら、父に見つかってしまったのが・・・最後でした。


ネットサーフィンで見つけたミケランジェロの作品に関する記事も載せておきます。年代別で掲載されているので、見やすいと思います。👇👇
kaiga.nohra.tokyo

ミケランジェロの生涯]入口は作品の中

ミケランジェロの代表作と言えば、ダビデサン・ピエトロ寺院ピエタが有名ですが、何度見ても溜め息が漏れてしまう美しさですよね。

マリアの美しいこと・・・
ダビデの整った体は、正に理想的な体形!

石の塊からできたとは思えない、マリアの衣の柔らかさ・・・
裾が今にも風で揺れそうな・・・。ダビデの肉体美が今にも動き出しそうな・・・
そんな印象を与えるミケランジェロの作品たち。彼の魂が宿っているように感じます。

私が彫刻を掘ったならば・・・魂がこもるどころか

パキン☆

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あぁ~っ、欠けちゃった!

パキン☆

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うっ、取れちゃった!

や~めた!
・・・となるのがオチです。

この鳥肌ものの芸術作品を作り出したミケランジェロが、一体どういう人物だったのか、気持ちはグッと本書に引き込まれて行ったのでした。

皆さんは、ロマン・ロランのことをどこまでご存じですか? 人生半分終わった私は、ロマン・ロランについてあまり知りませんでした。
名前は耳にしていたものの、詩人のような美しい名前の持ち主ぐらいにしか心に留めていなかったのです。

彼がどんな作品を書き、どういう人物だったのか、どういう思想を持つ人なのか、今やっと出会えて握手を交わした感じがします。

ロマン・ロラン(Romain Rolland)は、1866年1月29日、フランス中部にあるニエーヴル県、クラムシーに生まれました。

彼は18歳の夏、『レ・ミゼラブル』の著者でお馴染み、ヴィクトル・ユーゴーと偶然出会い深く感銘を受けます。

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えぇっ!近所のオッチャンじゃないよね?
出会いの引き寄せ・・・ハンパない!

20歳になると哲学や歴史に興味を持ち、21歳の頃にはトルストイの『戦争と平和』を読んで、彼と文通をしていたそうです。

国際交流豊かなノーベル文学賞作家

彼の視野が国際的に広がりを見せたのは、学生時代に知り合ったドイツの女流作家との交流がきっかけでした。彼女を通して、ニーチェワーグナーに関心を持ったのだとか・・・。

29歳になると、彼は文学博士の学位を取得し、芸術史講師の傍らで、演劇の台本や音楽評論などの執筆活動を始めます。

そして、雑誌『半月手帳』に掲載された『ベートヴェンの生涯』が反響を呼び、『ジャンクリストフ』へ繋がっていったのです。

その頃からヨーロッパを旅し、多くの著名人たちと交流を深めて行きました。

そんな彼がフランス人として、ノーベル文学賞を受賞したのは1915年。ロランが49歳の時でした。

交流した著名人の肩書 詩人/演劇作家/哲学者/
作曲家/作家/評論家/小説家

戦争反対を叫ぶロラン

ロランは、理想主義的なヒューマニズム(人間らしさとは何かを問い、その価値や尊厳を重視した考え方)と、平和を愛した人としても有名です。

ファシズム(労働者を権力で抑えたり、外国に対し侵略政策を取る独裁制に反対する運動)を掲げ、戦争反対を叫び続け、その声は国際的な友人を多く持つことになります。

第一次世界大戦の際、滞在していたスイスからフランス・ドイツに「戦闘中止」を呼び掛けたことから、ロランは生涯を通して帰国することが出来なくなってしまいました。彼の行動が反抗的に見られたからです。

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酷すぎる!

その一方で国際的な評価は上がり、著名人との交流が更に増えて行きます。

交流のあった著名人

ロランの人生には、栄光と影があったことが伺えます。

『序文』から見るロランの思い

平和を愛し、戦争反対を叫び続けたロランが本書の序文で何を語っているかというと、 人生には様々な『苦悩』があることについて語り始めます。

苦悩は無限であり、さまざまな形をとる。時には逆らいようもない物事自体のむごさによって起こる。貧困、病気、不運、人間の悪意。時にそれは存在すること自体の中にその源を持っている。そういう時も苦悩は同じように痛ましく同じように避けられない。
なぜならば、人間は存在することを自ら選んだのではなかった。生きることを願ったのでもなく、今あるようにあろうと願ったのでもなかった。

自分ではどうしようもない、抗えない「運命」とでもいうのでしょうか。まるでDNAに刻まれているかのような、そんなイメージを持ってしまいますが、これから本文で語られるミケランジェロの人生は、そういうものだったのです。

「偉大さ」の影にある「弱さ」

今までの多くの例のように、そこに私も偉大さを見るであろうと期待されないように!

この言葉には、今までの「伝記」のような、彼らの「偉大さ」だけを語ろうとは思わない、・・・という、ある意味私たちへの諫めの言葉から入っています。

それは何故か!
溢れ出る才能を持ち、「神の如き」と言われた『天才』ミケランジェロの中には、煌びやかな「栄光」だけでなく、逃げたくても逃げられなかった「深い闇」「弱さ」も存在しているからです。

天才!成功者!と呼ばれる人たちに対し、私たちは普段、彼らの表面的な偉大さや、素晴らしい才能だけに注目しがちです。彼らから滲み出る苦しみを知らず、「弱さ」を知らず、彼らの栄誉だけを称え、畏敬を現していることが多いと思うのです。

世界をあるがままに愛す

歓びを讃えんかな、苦しみを讃えんかな!
2つは姉妹であり、いずれもが聖なるものである。(中略)
この2つをともに愛さない者はいずれも愛さない。
そして、この2つを味わった者は、人生の価いを知り、人生を去る甘美さを知る。

私たちの人生には、「光」があれば「闇」もあり、「栄光」もあれば、「惨めさ」も含まれていることをロランは語ります。「歓び」と「悲しみ」2つ併せて人生なのだと。

だとすれば、ミケランジェロの中にある「悲しみ」「弱さ」を知ることで、彼をさらに深く愛することが出来るのではないでしょうか。

この『序文』で感じたことは、ロランはミケランジェロを通して、自身の内とも向き合っているような、そんな印象を受けました。

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ミケランジェロの本名は、ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni)です。 彼は、イタリアのフィレンツェで生まれ、フィレンツェを愛した人物です。

そして、フィレンツェから始まった『ルネサンス』の最盛期を駆け抜けた芸術家であり、三大巨匠のひとりです。

ルネサンス全盛期◆三大巨匠

ミケランジェロは、彫刻・絵画だけに長けた人物ではありません。
他にも建築や詩人でもあったのです。

本書の中で、彼の作った詩も幾つか掲載されています。
その詩から感じることは、彼が作り出すものはやはり「美」だということです。

Davide cholla fromba e io choll' archo, Michelagniolo
ダビデは石投げを持ち われは弓を持ちて -ミケランジェロ

ルネサンス(全盛期)1495~1590年

ルネサンス(Renaissance)は、フランス語で『復興』『再生』を意味し、14世紀にイタリアのフィレンツェを中心に始まった『文化運動』のことです。
古代ギリシャ・ローマの時代は、『人間』主体で考えるヒューマニズムの時代でした。
しかし、そこからキリスト教が生まれ勢力を拡大させて行き、いつしか価値観は『人間』から『神』の世界へ移り変わって行きます。
人々の生活はキリスト教信仰」と「神」に支配され、絶えず人は争い血を流した『暗黒の時代』が続いていたのです。
ルネサンスは、もう一度「人間」を主体とした思想に立ち返ろうという運動だったのです。

その隆盛の真っただ中を生きていたのが、ミケランジェロやレオナルド、ラファエロです。神主体から人間主体に変わった・・・と言っても、キリスト教を全否定していた訳ではありません。

なぜなら、ルネサンス芸術に隆盛をもたらし、芸術家たちのパトロン的な役割を担っていたのは、ローマ教皇たちだからです。この時代の芸術作品を見ると分かると思いますが、宗教的な作品も多く生みだされています。

そして、教皇たちは自分の欲望と権威を世に示すために、芸術家たちに壮大な建造物や絵画、彫刻を作らせ強制労働を強いていた時代でもあったのです。

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教皇たちによる『気紛れ制作』依頼で、ミケランジェロがどんな生活を強いられていたのかというと、家族に宛てた手紙の文面からはかり知ることが出来ます。

ほとんど食事をする時間がない。・・・食事をする暇がない・・・12年この方、私は疲労で身体を壊しているし、衣食にこと欠いている・・・私は貧しさと苦しみの中で生活している・・・私は貧乏と戦っている。

彼が家族に宛てた手紙には、常にこうした嘆きが綴られていました。

この「時間がない」「貧しさと戦っている」というミケランジェロの言葉は、実は教皇たちだけが原因ではありません。他にもミケランジェロを悩ませる要因が多くあったのです。ミケランジェロの人生に大きく関わった教皇たちはコチラです。

  • ユリウス2世(1503-1513)
  • 芸術をこよなく愛し、芸術家たちのパトロンとして、ローマに「ルネサンス芸術」最盛期をもたらした人物。また、自ら戦争に赴いていたことから、「戦争好き」のレッテルが貼られていた。
  • レオ10世(1513-1521)
  • ロレンツォ・ディ・メディチの次男。ミケランジェロがロレンツォに才能を見いだされた子供時代、生活を共にした仲。文化面でユリウス2世の後を引き継ぎ、芸術家たちのパトロンとしてローマにルネサンス芸術を最盛させる。メディチ家出身
  • クレメンテ7世(1523-1534)
  • 4人の教皇の中で一番、ミケランジェロの健康や悩みを気遣い擁護した人物。メディチ家出身。
  • パウロ3世(1534-1549)
  • この4人の教皇の中で、ミケランジェロを一番擁護したのはクレメンテ7世で、一番振り回したのがユリウス2世です。

    ミケランジェロとユリウス2 世

    ユリウス2世とミケランジェロは、性格の面では「移り気」で「頑固」な点が似ていました。反発し合いながら、惹かれ合っているようにも見える2人・・・。

    ユリウス2世は、ミケランジェロが出来ない無理難題を押し付けることを楽しみ、ミケランジェロは、できなさそうな無理難題を受けることを楽しんでいた感じでしょうか。

    ただ、ユリウス2世から依頼された壮大なお墓制作の際、宿敵ブラマンテの企みによって中断させられます。その際、ユリウス2世は創作にかかった費用を払わず、ミケランジェロの負債にしたのです。

    流石のミケランジェロも怒ってユリウス2世から離れます。・・・が、何だかんだありながら立場上、ミケランジェロの方が譲歩してしまうんですね。

    そんなわがまま放題なユリウス2世は、自分がミケランジェロを罵倒する分には許せても、他の人がミケランジェロを悪く言うことは許せないようで・・・(笑)

    お前は世も言わないような無礼を言ったな!
    無知なのはお前の方だ!
    出て行け!悪魔に食われてしまえ!

    ・・・と怒るシーンで爆笑した私です。

    ユリウス2世がミケランジェロに無理難題を持ちかける時には、かならず裏で糸を引く男がいました。それが、ミケランジェロの宿敵で法王庁建築士だった、ブラマンテ・ドゥルビーノです。

    彼は、ラファエロと仲が良く、ミケランジェロの失脚を狙っていました。壁画の技法を全く知らないミケランジェロに、システィーナ礼拝堂の円天井に絵を描く依頼が行くように仕向けたのもブラマンテの仕業でした。

    f:id:dokiwaku_everyday:20210604161513j:plain 参照:Wikipedia「カッシーナの戦い」下絵

    また、ミケランジェロの最大のライバルは、レオナルド・ダ・ヴィンチでした。
    彼とは20歳以上の年の差がありましたが、性格が相反しているからか非常に仲が悪かったんですね。

    1504年にフィレンツェ政庁によって、2人の対決の場が設けられまたした。
    しかし、ミケランジェロは「レオナルドなんか大嫌いだ!」という思いから、公の場でも平気で嫌味を言ったりするんですね。(笑)

    そんな2人の対決が上手く行くはずもなく、お互いテーマは決まって取り掛かったものの完成には至りませんでした。

    ミケランジェロは、1475年3月6日にイタリア、センティーノ地方のカプレーゼという街に生まれました。母親はミケランジェロが6歳の時に亡くなり、父親と5人の兄弟が残されます。

    ミケランジェロは、フィレンツェの東北部山腹にあるセッティニャーノという小さな村(美しい情景が有名な土地)の石工の妻の元へ里子に出されます。

    「里子」と聞くと、へんぴな田舎にやられて可哀そう・・・と思われた方もいると思いますが

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    ところがどっこい!

    この地は、有名な彫刻家の生地であり、芸術の香りがプンプン漂っている場所でもあったのです。

    「頑固」な鎧を身に纏うミケランジェロ

    本書の中でロランは、ミケランジェロの「弱さ」にフォーカスするのですが、私にはどちらかというと、ミケランジェロ「頑固さ」の方が強烈な感じがしました。

    ミケランジェロ肖像画から感じられるのは、悲愴感漂う頑固そうなお爺さんではありませんか!

    ミケランジェロから醸し出されている「頑固さ」は、時に彼の「弱さ」を覆い隠すこともしばしばでした。彼にとって「頑固さ」は、鎧の役割を果たしていたのです。

    弱い部分を秘めていながら、それを頑なに見せようとしなかったミケランジェロ。人と関わることを恐れたミケランジェロ

    人は彼の苦しみに気づくことも、知ることも出来ませんでした。

    「一門」「家柄」洗脳

    本書の中でロランは、ミケランジェロが頻繁に使っていたワードに「われわれ一門」があったことを語っています。

    なぜ、頻繁に使うようになったのか考えてみると、子供の頃から父親や叔父たちに言葉による洗脳を受けていたように思うのです。それは、ミケランジェロが学校へ通う年頃から始まっていました。

    父親は、ルネサンス運動を察知してか、彼に「人文学」を学ばせようと学校に入れます。ミケランジェロは学問よりも教会の装飾画に興味を持ち、画家との交流を求めました。

    そんなミケランジェロを父親や叔父たちは、一門の中から工芸人を出すことは恥じだ!と言って、体罰を与えることもしばしばあったようです。

    結果、どうなったかというと・・・
    ミケランジェロの「頑固さ」が勝ち、彼はそのまま芸術方面へ導かれて行き、天才ミケランジェロが誕生しました。

    ただ、この「一門」という言葉を頻繁に刷り込まれていたことで、ミケランジェロの中では、「家柄」に対する誇りや階級的な偏見が強くなっていったように感じるのです。

    そして、彼の中の古風な考え方にも影響しているような・・・。

    キリスト共に「自己犠牲愛」

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    ミケランジェロの中には、キリスト教信仰が色濃く刻まれているようにも感じられます。それが一番分かるのが、自己犠牲による愛情表現を厭わなかった点です。

    彼は、決して貧しくはなかったのですが、親や兄弟たちは彼の創作活動に頼りすぎ、お金の工面をせまったり、土地の購入などに彼を利用していました。

    ミケランジェロは、利用されていることが分かっていたものの、敢えて何も言いませんでした。それは、彼の「弱さ」からくるものではなく、彼の信仰の深さから来ているように感じるのです。

    ミケランジェロは、自身の日々の苦しみを十字架を背負わされたキリストとダブらせていたのではないでしょうか。

    これは、父親に宛てた手紙の一部です。

    私が世界中のお金を持っていて、あなたが死んでしまわれるよりも、私が貧乏で、あなたが生きていて下さる方がよいのです。(中略)キリストと共に生きてください。善良でそうして貧しく。私はそのようにして暮らしているのです。私はみじめですが、生活や名誉のため、すなわちこの世の為に悩みはいたしません。

    彼はこの手紙の中で、キリストと共に生きていることを父親に伝えています。

    私は、ミケランジェロの生涯を知れば知るほど、キリストが十字架を背負って受難を受ける姿と、ミケランジェロが人生において「芸術」という十字架を背負わされて、受難の日々を送っていた姿がダブって見えるのです。

    キリストの自己犠牲が、全人類の罪をあがなう為のものであったように、ミケランジェロは自身の芸術活動を通して、自身や家族や色々な思いによる罪をあがなっているかのような・・・そんな気がしてなりませんでした。

    ミケランジェロの足枷3兄弟

    5人兄弟の次男として生まれたミケランジェロは、子供の頃からきっと、兄として、弟たちの面倒を見るよう、周りの大人たちに言われていたのではないか、と思うのです。

    彼は、朝も・・・昼も・・・夜も、馬車馬のように働き、自分の体を壊しながら・・・というより、自分を壊しながら創作活動をしてきました。

    その弟たちは、ミケランジェロのことを理解するどころか、感謝するでもなく、彼をずっと困らせ、悩ませてばかりいたのです。

    そんな弟たちを黙って見ていたミケランジェロですが、堪忍袋の緒が切れた時がありました。それは、ミケランジェロの留守中に兄弟が父親を虐待した時です。

    一番頭にきた相手は、ジョンヴァン・シモーネ(四男)です。彼は、ミケランジェロが苦労して築き上げたものを一瞬にしてぶち壊した弟です。

    (中略)お前みたいな奴はいざとなったら粉々に引き裂いてやる。私はそれができる人間だぞ。だから大人しくしろ。お前とは違って激情を持った人間を我慢ならぬまで追い込むものではないよ!

    (五男)のシジスモンドに宛てた手紙は、ちょっと冷静さが伺えます。

    私はいま苦境に陥り、体も非常に弱っている。友人も全く皆無で、またほしくもない。自分の好きなものを食える金がある時などほとんどない。私に心配をかけるのは止めてくれ。これ以上私はもう何も辛抱できないのだから。

    そして最後は、(三男)ブオナッロトに宛てた怒りの手紙。

    お前の恩知らずを知りたいものだ。お前の金がどこから来るかを知りたいものだ。(中略)馬が全力を挙げて欠けている時には、それ以上に走らせようと拍車を当ててはいけないものだ。ところがお前たちは、過去も現在も私をわかってはいない。(中略)しかしお前たちは私が死んでしまわなければ、それが分からないのだろう。

    このミケランジェロの受難は、一体何処から湧き出て来るのでしょう?

    「孤独」から生まれた芸術作品

    ミケランジェロの人生の中には、圧力をかける権力者と、彼の足を引っ張る家族と、失脚させようとするライバルしかいないような、そんなイメージですよね。

    だから、彼は常に「孤独」の中にいました。
    新しい依頼を次々と引き受け、朝も・・・昼も・・・夜も・・・食べる時間、寝る時間を惜しんで創作活動を行った結果、彼の人生からは自分のための時間や、健康的な体だけでなく、歓びや、平穏な日々、安らぎが失われて行きました。

    多忙な毎日は、彼の風貌も変化させていきます。
    美しいものを好み、美しい作品を生み出す天才ミケランジェロにとって、自分がどんどん醜くなっていく姿は耐えられなかったのではないでしょうか。自分を卑下し、自ら「孤独」を好むようになっていったのです。

    彼が作り出した芸術作品には、彼の「孤独」による「繊細さ」で作られているように感じます。

    そして、彼から滲み出る悲愴感は、そのまま作品にも刻まれていったのではないでしょうか。 ロランは、ミケランジェロの作品に愛が欠けていると言っていましたが、私は彼の信仰心から湧き出る「深~い愛」を感じずにはいられません。『ピエタ』のマリアからは、悲しみと優しさの入り混じった「慈愛」が感じられるからです。

    時間が足りない「完璧主義」

    食べる時間がない、寝る時間ないと、常に手紙でぼやいていたミケランジェロ

    実は、ミケランジェロは、自分一人で何もかもやりたがる完璧主義者でもありました。人に任せるということが苦手だったんですね。

    だから、記念物を立てるとなると、石材を自ら選んで運び、その運ぶための道を作ったりしていたので、準備だけで数年かかっていたのです。彫刻家である前に、技師であり、人足であり、石工であったのです。

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    そりゃ・・・時間足りないわ

    ・・・とは言え、完璧主義者であり、挫折者でもありました。(笑)
    それによって生まれたのが「未完の作品たち」

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    もう、天才だから・・・
    未完も作品のひとつになりますよねっ

    思わず、パスカルの[パンセ]の言葉を思い出しました。

    人間は、屋根葺き職人だろうと、何だろうと生まれつき、あらゆる職業に向いている。向いていないのは部屋の中でジッとしていることだけだ。

    88歳で生涯を閉じたミケランジェロは、最後の最後まで絶えず仕事をしていました。 発熱した日も彼は家でジッとできず、雨が降る中散歩へ出かけていました。

    私は病気だ。どこにも休むところがないのだ。

    と言った彼の言葉から、彼の人生が読み取れるのはないでしょうか。

    ミケランジェロの生涯]まとめ

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    いかがでしたでしょうか?
    今回は、ロマン・ロランの[ミケランジェロの生涯]をご紹介いたしました。

    本書を読めば読むほど、深い思いが湧き出て来る感じで、何度も何度も読み返していまいした。

    ルネサンスによって、神から人へ価値観を変えようとした時代の中に生き、文化的な運動に相反して、ミケランジェロの心は常に神と共にあったように感じられます。

    彼の作品自体が神々しく感じられるのは、彼の信仰の深さから醸し出されているのではないでしょうか。

    本を読む前に見た彼の作品は、彼の人生を知ることで、より「深み」のある作品へと私の見方を変えてくれました。

    このブログで語れなかったミケランジェロは、まだまだあるのですが、興味を持たれた方は、是非本を手に取ってみてはいかがでしょうか。

    めっちゃ面白かった~♥

    次回は、宮本武蔵の[五輪書をご紹介致します。

    長文になりましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。

    【解説動画】


    www.youtube.com

    【字幕付き動画】 amara.org

    【本】